やや考える人   


人間とは、まことに都合のいいものである。

したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、

理屈をつけることもできるのだから。


数日前の新聞に載ってた言葉。
米国の政治家フランクリンという人の言葉らしい。

だがこの言葉を聞いて僕は思う。
そもそもなぜ人は何かをするのに
いちいち理由や理屈を付けたがるのだろうか。


たまに「人助け」などという行為は、
しょせん偽善や自己満足に過ぎない、
と言う人がいる。僕とか。

だが考えてみよう

例えば町中を歩いていたら、
突然目の前に絶体絶命超絶ウルトラ大ピンチな、
とにかく今すぐ助けなきゃ死んじゃうってぐらい
危機的状況を迎えている人が現れたとする。

そして自分はその人を何のリスクも冒すことなく
助けることができる立場にあるとする。

そのような状況であれば、
ピンチに陥っていた人を助けるという方がほとんどだろう。

だがそれは決して何か打算があって助けたわけではない。
なぜならとっさの出来事だからだ。
理屈で考えて行動したわけではないのだ。
体が反射的に動いて助けてしまったのだ。

無論それは「人を助ける」という基本的な感覚が
人々の中に埋め込まれているからこそ
できることなのかもしれない。
しかし少なくともその人を助けた瞬間は、
頭の中で何かをゴチャゴチャ考えたりはしていなかったはずだ。

つまりはそういうことだ。
何かをすること自体に必ずしも「理由」があるわけではない。
ただ人間は理性を持った存在であるがゆえに、
物事に「理由」や「理屈」を付けて自らを納得させようとしてしまうのだ。

それは人間だけが持ち得る素晴らしさであるが、
同時に人間だけが持ち得る浅ましさでもあると思う。


・・・うーん、深い!
なんて深い話なんだ!
こんな話ができてしまうなんて、
僕ってマジ天才すぎますね!

うんうん。そうでしょう。
皆さんもそう思うでしょう。
僕の話ってとっても不快でしょう。

やっぱりね・・・って、
ちょっ、字が違うって!
その「不快」じゃなくて「深い」・・・あれ?
え!? もう話終わり!!?
いや・・・あの・・・待って・・・
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by sabasuke | 2007-02-03 03:26 | 雑記

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