いい先生   

5月1日の新聞に、「優秀教員は給与優遇」なんていう記事が載っていました。

現在公立小中学校教員の給与は、人材確保法により他の一般地方公務員よりも優遇されている(知らんかった)のですが、行財政改革の一環で、財務省が廃止を強く求めているのだそうです。

しかし文部科学省は徹底抗戦の構え。一定額が一律に上乗せされている現行制度を改善し、優秀な教員の給与を優遇する制度を導入して、制度存続を図ろうとしているようです。

「併せて教員の評価制度も創設」ということなのですが、とりあえず言いたい事は、優秀な教員って何よ? 誰が何をどう見て教員の良し悪しを決めるのよ?

授業の上手い先生がいい先生? もしくは教科書の内容を子供に覚えさせるのが上手い先生がいい先生? まあ授業が面白ければ子供も真面目に授業受けるかもしれないし、授業の上手さと生徒の学習意欲は比例するだろうけど、それだったら教師の評価は生徒の成績次第って事?

でも先生は生徒に勉強だけ教えてればいいってもんでもないでしょう。だったら人気のある先生がいい先生? 生徒や父兄、同僚とうまく付き合える先生がいい先生? じゃあ人気投票とかやって評価を決める?

よく考えたらそう表に出てこない先生もいるか。生徒指導の先生とかは授業受け持ってなかったりするかもしれないし。校長先生はまだしも、教頭先生なんて普段何やってるのかわからないし。やっぱりその辺の大人たちが自分たちの基準で見て、良さげな先生がいい先生になるんでしょうか。うーん、よう分からん。


そういえばこんな話してたら思い出したけど、戸塚ヨットスクールの戸塚校長が出所しましたね。「体罰は教育だ」などと言っておりましたが、人が死ぬまでやってたら教育もくそもないでしょう。死ぬほどはやらなかったとしても、体中アザだらけになるほどの体罰はちょっとやりすぎ、ただの暴力だと思う。

僕は体罰絶対反対派じゃないんですけどね。ちょっと頭をグーで小突いたり、ビンタしたり、おしり叩いたりするくらいならいいんじゃないだろうかと。もちろんそれなりの理由がある時はですよ。

そうですね、例えば、やっちゃいけないと言われている事をやって、他人に怪我を負わせてしまったとしましょう。そんなときは張り手の1発ぐらいかましてやればいいと思うんですよ。もっとも人に怪我をさせてしまうほどの事をしてしまったなら、わざわざ体罰しなくても普通の人なら責任を感じて同じ過ちは2度としなくなるでしょうが。・・・あれ? じゃあ体罰いらないじゃん。っていうかこれじゃ教育のための体罰じゃなくてただのやったことに対する罰だ。

じゃあちょっと変えて、やっちゃいけないと言われている事をやって、他人に怪我を負わせてしまいそうになったにもかかわらず、「誰も怪我しなかったんだからいいじゃん」とか言ってる奴がいたとしましょう。そんな奴には張り手の1発ぐらいかましてやればいいと思うんですよ。つまり体罰は事の重大さ、真剣さを伝えるために使ってもいいのではないかと思ったり。

ですからいくら教育だといってもむやみやたらとすぐ体罰というのは僕は好ましく思いません。まあそんなに小難しく考えず、ただ「暴力反対」と叫んでしまえばやっぱ体罰だめだな、ってことになっちゃいますけど。そりゃそれで上手くいくんならそれに越したことはないですけどね。

でも教育、すなわち相手の為を思って、相手に何かを分からせるために体罰を振るったとしても、「相手のことを考える」というのは自分が勝手にやってることであり、まして本当に相手の為になるのかどうかは分からない。結局は自分の都合なのに「相手の為」と理由をつけて、とっても自分勝手なことやってんじゃないのか・・・とかなんとか変なこと考え出したらわけ分からなくなってきた。

よし、じゃあそろそろ行くぞ。せーの、
ギブアップ!
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by sabasuke | 2006-05-03 03:29 | 雑記

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