努力なくして・・・   

「努力」
ある目的を達成するために、途中で休んだり、なまけたりせず、持てる能力の全てを傾けてすること。By手持ちの国語辞典

なぜだかふと頭をよぎったので、今日はこんなテーマです。
努力、つまり「一生懸命やる」という意味の言葉のようですが、まあアレですよね。いくら努力しても報われないことってありますよね。・・・いや、いきなりとんでもないこと口にしちゃってすみません。

でもそれが残酷な現実・・・だと思う。なんだかんだ言っても不平等なこの世の中、やはり「才能」というものの存在は無視できません。

「努力は天才に勝る」というような言葉もありますが、まあそれは本当だと思う。ただしそれは天才が努力をしなかったらの話。自分がどれだけ努力をしても、天才が同じぐらいの努力をしていたら追いつくことは出来ない。当然の話です。

もっとも努力とは誰かに勝つためだけではなく、何かしら自分の目的をなすため、叶えるためにするものですから、わざわざ天才と比べる必要はないのかもしれない。それでもやっぱり成し遂げられない、報われないということはあるでしょう。

こんなこと言ってるとどんどん努力なんかしたくなくなってきてしまいますが、別に努力するなと言っているわけではありません。例え結果がどうであろうとも、努力したことは決して無駄にはならないはずです。努力すればするほど、それは自分の力となっていくのです。努力した分だけ成長しているのです。ドラクエ風に言えば経験値を積んでレベルアップしているのです。・・・例えがいつもドラクエでごめんなさい。

ということで、努力が報われなかったとしてもいいのです。いや、報われた方がいいけど。とにかく月並みな言葉ですが、「努力することに意味がある」ということなのでしょう。無理に結果を求める必要はないのです。・・・って言ってもやっぱり結果は欲しいよね。少なくとも努力すればそれだけ成功する確率も高くなるのですから、結果を出すために努力するのは当然ですけどね。

ところで思ったんですけど、「努力」っていうのは自分で決めるものなのでしょうか、それとも他人が決めることなのでしょうか。全く同じことをやっていたとしても、それを必死になって頑張ってこなしている人もいれば、そう苦にもせず平然とこなしてしまう人もいるでしょう。はたから見ればどちらも同じ努力をしているように見えますが、当の本人たちの精神、志には違いがあるわけです。

国語辞典によれば「持てる能力の全てを傾ける」のが努力ですから、後者は努力とは認められないのかもしれません。ならば「努力」をしているかどうかは自分で勝手に判断するしかないのでしょうか。苦痛を伴わなければ努力とは認められないのか。いや、「頑張る」ことに苦痛が伴うとは限りません。つまり同じことでも楽しんでやれる人もいれば、大変苦痛に感じる人もいるというだけの話で、努力には違いないんでしょうか。

うーん、よく分かんない。まあいいや。
一応最後に言っておきましょう。努力は大切ですが、頑張りすぎるのは体によくないですよ。
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by sabasuke | 2006-04-21 03:42 | 雑記

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